フルバンドでレコーディングした1stアルバム「チバリヨー」。"うま生りじま島"にこだわり、島でセルフプロデュースした2ndアルバム「島」。そしてここに、3rdアルバムにして川門ミュージックの魅力をあますところなく堪能できる最高傑作、「485」完成!
"ライヴ感"をテーマに、スタジオに漂う熱気までも刻み込んだ川門正彦渾身のニューアルバム「485」。
そんなアルバムの中には、単なる三線の早弾きにとどまらない音楽家・川門正彦の新たな魅力が満載だ。たとえば、ソングライターとしての才気溢れるバラード「はべる蝶」「ちぶみ花」「ば我がすま島八重山」、"三線名人"としての魅力をあますところなくとらえた「ムイヂィケー」「ヒヤミカチ節」「とぅみばる富原ナークニー~ハンタばる原(サプライズ!のボーナストラックあり)」、ライヴでの盛り上がり必至のパーティーソング「またね」「ビーチパーティー」、そして、ミニマルなグルーヴで聴き手を別世界へと誘う新境地「Sabun」など、川門ミュージックの魅力をあますところなく堪能できる。さらに、アルバムを一聴して感じるのは、川門正彦が放つ荒削りながらも聴き手の心を射抜くかのような煌めきだ。それはすでに沖縄音楽の枠にはおさまりきれず、たとえばニコロ・パガニーニ(ヴァイオリン)、エディ・ヴァン・ヘイレン(ギター)、ジャコ・パストリアス(ベース)、ジェイク・シマブクロ(ウクレレ)ら革新的プレイヤーにして優れたクリエイター達の音楽に触れた時と同様の、衝撃に貫かれるような感覚とも言い換えられる。川門正彦はワールドクラスのプレイヤーかつミュージシャンとしてのステータスをこのアルバムで確立するであろう、そんな予感漂う仕上がりなのである。
これぞ川門正彦の音楽、と言えるものを生み出すべく取り組んだというニューアルバム「485」は、世界に通用するひとりの音楽家を広く世に知らしめるきっかけになるであろう、注目の1枚となった。われわれは、このニューアルバムを耳にすることで、その音楽が世界へ飛翔していく歓びと誇りをリアルタイムで体感することができるのだ。またとないその瞬間は、もう目前に迫っている。
87年、沖縄民謡の大御所である上原正吉氏と対面。弟子入りを決意し、那覇に居を移す。上原正吉芸能館「宮古根(ナークニー)」を拠点に活動を開始し、テレビ出演やライブなど精力的に行う。
93年、アヤメバンドの結成にリードギターとして参加。1stアルバム『あけみおの街』をリリース。
95年、阪神淡路大震災に襲われる。「このままでは沖縄に帰れない」と知り合いのミュージシャンと共に三線を片手に被災地を巡り、音楽で被災者を勇気づけた。共に被災地を巡ったソウルフラワーユニオンのアルバム収録にも参加する。
96年より、神戸に誕生したFMわいわいで「南の風」のDJを担当。同年、新バンドMA-YAを結成。1stアルバム「チバリヨー」をリリース。で精力的にライブを行う。琉球フェスティバル96にソロで出演した際は、三線一本だけにこだわったステージが大きな反響を呼び、この頃から大阪を中心にアジアを舞台として活動を始める。
2000年、故郷である石垣島に拠点を移す。民謡ライブハウス「アイランドライブ琉歌」をオープン。連日のステージを務める。
01年、 2ndアルバム『島』をリリース。同時に新バンド「シンカ」を結成。「琉歌」を拠点に様々な音楽活動を展開。
02年、様々なイベントに出演。 2ndアルバム発売記念「はい祭・でぃー祭」チャリティー公演開催、津軽三味線2年連続チャンピオンの木下伸市氏とのセッションが話題を呼んだ。
03年、 幻の1stアルバム『チバリヨー!!』の復刻盤発売。NHKハイビジョン『テント2003公園通りで会いましょう』に木下伸市氏と共に出演。
04年、 民謡ライブハウス「アイランドライブ琉歌」で連日のステージを務めるかたわら、同郷出身の【PANA】の「PAN!PAN!PAN!」「美らら」の作曲・三線を担当。
05年、【PANA】のニューアルバム「Panari」の作曲・三線を担当。