最近、60年代後半から70年代前半のレトロフィーリングがサーファーを中心に流行り始めています。
古いサーフィン映画のサントラが密かに聴かれていますがモーニング・オブ・ジ・アースこそ1972年のサーファーとヒッピーカルチャーが交差した瞬間、自由なサーフィンの原点とされる作品です。 ナレーション,サブタイトルは一切なし、ついでに1台の車も登場しない。
映像と音楽と歌詞の見事なまでのシンクロナイズがサーフィンの最も美しい瞬間を映し出す。
60年代半ばから70年代前半にかけての世界に浸透した自然回帰主義、ヒッピーカルチャー等の思想は、オーストラリアの海岸線でカントリーソウルサーフィンの礎を創り出した。
そのニュージェネレーションのライフスタイルをドキュメントした「モーニングオブジアース」はサーファーだけでなくノンサーファー層にも深く受け入れられた。
サイケデリックな色彩を用い自然の美しさをサーファーの視点から捕らえた映像は今以て新鮮である。オーストラリアで最大の興行収入をレコードした作品である。
また、サウンドトラックレコードも当時の20万ドルの売上を記録。G・ウエイン・トーマスが歌う「オープン・アップ・ユア・ハート」は全豪シングルチャート1位を記録、これによりサーファーが音楽市場に影響を与えている事が実証された。
撮影は世界初のバリ島ウルワツを始めオーストラリア、ハワイなどで行われたが「エンドスサマー」のような旅が目的でなく、むしろそこに暮らすサーファーのライフスタイルを描いている。
ホームグランド、キラで時代を変えるサーフィンを繰り広げるマイケル・ピーターソン、バイロンベイや東海岸を始まったばかりのショートボードで走るナット・ヤング、世界で最初にバリ島のウルワツを滑る若干15歳のスティーブ・クーニー、パイプラインのジェリー・ロペス、ロッキーポイントを攻めるテリー・フィッツジェラルド、どのライディングをとっても歴史に刻まれるものばかりである。
制作者について・・・・・・
1960年代、オーストラリア・サーフィンワールド誌ボブエ・バンスのもと修行を積んだフォトグラファーでサーフィンジャーナリストとして確立したアルビーファルゾン。同じくサーフィンワールド誌の編集に携わっていたジョン・ウッツグと「ホットジェネレーション」「エボルーション」とサーフィンフィルムを制作していた弟のジョン。シドニーで音楽誌"ゲットセット"を成功させたデビッド・エルフィック、、、この3人がシドニーノザーンビーチーズの北の果てで出会い、今もってオーストラリアで最もラジカルなサーフィン誌"TRACKS"を創刊したのが事の始まりである。
トラックスは雑誌作りと平行としてサーフムービーを撮り始めた。
監督はアルビー・ファルゾン、プロデューサーはデビッド・エルフィック、ウッツグはすでに自分のフィルムを回していたのでモーニングオブジアースには参加しなった。
ちなみに彼の1971年度作品「シーオブジョイ」にはモーニングオブジアースに繋がる雰囲気が漂うのが、時代を象徴した結果であろうか。
アルビー・ファルソンとデビッド・エルフィック、この2人こそオーストラリアのサーフィンの精神的基盤を築き上げたといっても過言ではない。