| バロックの真珠たち / 天野 乃里子 | ||||||||||||||||||
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オランダで活躍するチェンバリスト 天野 乃里子・話題の New Disc
録音:2008年1月4日~6日
山梨市花かげホールにおけるセッション録音
1983年製W.Dowd
Producer & Director : Takao Murata
Recording ,Editing & Mastering Engineer : Keizo Inokuchi
ライナー・ノート から
許 光俊(きょ みつとし/音楽評論家)
私たちにもっともなじみがある鍵盤楽器はピアノでしょう。しかし、ピアノの歴史は実はそう長いものではありません。コンサートホールでもっとも頻繁に使用されているスタインウェイ、海外へも輸出されているヤマハやカワイに代表されるような現代風のピアノが確立されてからまだ百年程度しかたっていないのです。
では、現代風のピアノがまだ存在しなかった時代、たとえばバッハやモーツァルトやベートーヴェンはどのような鍵盤楽器を用いていたのでしょうか。バッハが死んだのが1750年。モーツァルトが脂が乗りきっていたのはその30年後。ベートーヴェンが次々に名作を発表したのは1800年代。このように3人の作曲家が活躍した時代はせいぜい50年程度しかずれていないのですが、この半世紀の間に鍵盤楽器は大きな変化を遂げたのでした。ベートーヴェンが使用したのは、まだ発展途上とはいえ、現代風のピアノのように大きな音や広い音域を出せるよう改良されつつある楽器でした。しかし、バッハ以前のバロック時代に使われていたのは、いわゆるチェンバロという楽器でした。
チェンバロとはイタリア風の呼び方で、英語ではハープシコード、フランス語ではクラヴサンと呼ばれています。ただ厳密に言いますと、国によって楽器の構造に違いがあり、音の傾向も異なっていますので、すべてをチェンバロとひとことで言ってすませることにまったく問題がないわけではありません。軽やかな音色の楽器がイタリアで作られる一方、より重厚な楽器がフランドル(ベルギー~オランダ)地方で作られ、ヨーロッパ中に輸出されていました。しかもおのおのの地域で独自の改良が施されました。そのため、演奏を突き詰めるためには、曲によって楽器を使い分ける必要性も出てきます。そのあたりが、チェンバロ音楽の複雑さでもあれば豊かさでもありましょう。
ひとつ確実なことは、チェンバロは基本的に宮廷や邸宅など室内で用いられ、決して現代のような大ホールで演奏するための楽器ではなかったということです。18世紀後半、王政や貴族文化は急速に零落し、やがてフランス革命が起きて、市民の時代となりました。音楽は特定の少数者のためではなく、不特定多数を喜ばせるものへと変質しました。そしてチェンバロは姿を消し、より大きな音でダイナミックな効果を出せるピアノの歴史が始まったのです。
このCDには、フランス王政が絶頂を迎え、やがては滅びに向かっていくルイ14世(1638-1715,在位1643-1715)の時代に活躍した作曲家たちを中心にして、チェンバロの黄金時代の名作が集められています。
天野乃里子 プロフィール
東京生まれ。横浜双葉学園高校卒業後、桐朋学園音楽科ピアノ科卒、その後慶応大学文学部美学科へ、編入学し、同大学卒業。その後オランダへ、チェンバロの勉強のため留学。ハーグ王立音楽院を経て、アムステルダム音楽院にて、大学院を終了。演奏家国家試験である演奏家ディプロマを得る。以来、ヨーロッパ、日本を中心に、演奏会や、レコーディングなどで、高い評価を得ている。美しく、Spiritualな音で、音楽性豊かに、又、旋律を表情細やかに、チェンバロ上で表現できる演奏家として、評される。
とくに、フランス様式のスペシャリストとしての評価も高く、17世紀の女流作曲家エリザベス・ジャケ・デュ・ラ・ゲールの研究など、彼女のカンタータの再演などアンサンブルの分野においても、活躍中。
夫君、ロバート・ファン・バーレン氏の大伯父は、オランダ20世紀の作曲の父、ケース・ファン・バーレン氏。ハーグ王立音楽院の大ホールは、彼の名を掲げ、ケース・ファン・バーレン ザールと呼ばれる。































